亡命したシレジアにまでクランベルの手は伸びてきた。このままでは匿ってくれたラーナへ迷惑がかかるのは明白であった。
「クランベルに帰還し、無実を証明する!」
シグルドはそう決めた。先の戦いでのマーニャの戦死でシレジアに与えた打撃は大きい。これ以上シレジアを巻き込むわけにはいかなかった。
■6.運命の扉(前編)■
クランベルに入るとすぐに、シグルドは単身で逃げ延びてきた初老の騎士を発見した。
遠目から見ると、マスターナイトであることがわかった。
「敵ではないようだが、…急いでいるようだな。」
!!!
見張台に登ったシグルドは目を見開いた。
見間違えるはずもない、父・バイロン卿の姿であった。
「父上!!ご無事だったのですね、どれほど心配したことか!!」
酷い怪我を負って今にも倒れそうになりながら馬を走らせる父に駆け寄りシグルドは呼びかける。
「おお、シグルド…立派になったな。…ごほっ…ごほっっ」
瀕死の重傷を負っているのであろう、シグルドはすぐに手当てをするように指示を出したが、バイロンは自分の死が避けられないものと悟っていた。
「私はもう助からないであろう、よく聞きなさい。この度のことは全てランゴバルト卿とレプトール卿の策略であった。彼らは…クルト殿下を。このことを早く陛下にお伝えしてくれ。…ごほっごほっつ!!」
「父上、もう喋らないで下さい。必ず陛下にお伝えしますから、どうか休んでください。お体に障ります」
「いや、もう駄目のようだ。お前にこれを。無念だな、…孫の顔を見たかった。」
そういって一振りの剣をシグルドに託すと、腕は力尽きたように地に落ちた。シグルドは父に生きて欲しいために必死に呼びかける。
「父上、孫なら…私の息子ならおります!!誰か、セリスをここへ!!!父上、もうすぐ会わせますから」
「…そうか、孫が…。私も年をとったものだな。シグルド…しあ…わ…せ……に…なれ・・・」
「父上!?父上!!」
それを最期にバイロンは二度と目を開けることはなかった。シグルドの腕の中で、安堵したように、微笑を浮べていた。
父との再会、そして死別。シグルドの目からは涙は出なかった。そんなもの、これまでに枯れてしまっていた。エルトシャンの死、ディアドラの失踪、祖国からの反逆者扱い。今回のことは涙も出ないほどの虚無感に襲われた。
その日は、日父の遺体の前に座って過ごした。
これまでのこと、これからのこと、そこに父がいて話を聞いてもらうようにシグルドは独りで語った。気持ちの整理をし、これからに立ち向かうために。
「このままでは終らせられない、何としても王都バーハラに行かなくては」
シグルドは立ち上がる。怒りに心を振るわせて。
手には父から託された一振りの剣、聖剣ティルフィングが握られていた。
クランベル王国シアルフィ公家に伝わる秘蔵の宝刀である。今では聖戦と言われ語り継がれる戦いの中で、十二聖戦士と言われた者の一人、聖戦士バルトが用いた物で、その直系子孫のうち最も血を濃く継いだものにしか使うことができないその剣は、その使い手をバイロンからシグルドへと代替わりしたのである。
「シグルド公子、少しいいでしょうか」
振り返ると、クロード神父が立っていた。
「これからのことを伺おうと思いまして。」
エッダの神父であるクロードもまた、かつての聖戦士である大司祭ブラギの直系子孫であり、聖杖バルキリ―を継承し、全てを見守るものとしての使命を負っていた。
クロードはアグストリアの北西にブラギの塔で神のお告げを聞いていた。戦いの結末、その結果は全て伝えるわけにもいかず、これまではただその動向を見守っていた。
「クロード様、私はバーハラへ向かいます。何としても無実の証明をし、父の無念を、私達の無実を晴らそうと思います。」
シグルドははっきりとそう告げた。
「そうですか。その意思は堅いようですね。」
クロードは静かに言った。穏やかに見える顔には、一瞬憂いがあるように見えた。
「何か、神のお告げがあったのでしょうか?」
その一瞬をシグルドは見逃さず、尋ねた。
…クロード様は何か知っていらっしゃる…そんな不思議な確信があった。
「いえ、運命は動きはじめました。もう、止まることはありません。…今は…今はそれだけしか言えません」
クロードはシグルドの真剣な目を見つめてそういった。
心の内では様々な葛藤があった。
しかし、真実だけは口が裂けても言うことはできない。
『私達は敗北します』
そう言ってしまい、これからの戦いを止めさせたいという思いと必死に戦っていた。それはしてはならない事だと知っていた。
―それに、言ったところでシグルド公子を止めることはできないでしょう。ならば…
数秒目を伏せた後、クロードはゆっくりと口を開いた。
「これからの戦いは今までとは違います。ランゴバルト卿とレプトール卿は総力を結集させて来るでしょう。皆を、女性や子供達を逃がさなければなりません。」
「はい、解っています。明日、皆に伝えます」
シグルドと別れたあと、クロードは教会へ向かった。
これから起こる戦いで命を落すもののために祈りを捧げるために。―神よ、運命が変わることはないのですね。
せめて、落ち延びるもの達にだけは御慈悲をお与えください。
シグルドはクロードの助言に肯定の意を表し、翌日皆にその旨を伝えた。
「私達の戦いはこれからますます過酷になる。女性や子供達はどこかに身を隠して置いたほうが安全だ。皆、私達の勝利を信じて、待っていてくれ。」
「他の者達にも、帰る所があるものには付き合えとは言わない。守るべきものがある者達は自分のすべきことをしてくれいい。」
シグルドがそう伝えた。しかし皆一緒に行くと言い、逃げると言う者はいなかった。
特に、ずっとシグルドの傍で軍師を努めていたオイフェは嫌がった。
「嫌です、私も供に連れて行ってください!!足手まといになるようなことはしませんから!!」
「駄目だ。待っていろ、オイフェ。君にはセリスを守る、という重要な役目をしてもらいたい。私が守ってやれない分、しっかり守ってやってくれないか?」
「シグルド様…」
目に涙を溜めた14歳の少年は何も言うことができなかった。
役目というのは言葉だけで、「本当のことろは、逃げて生き延びろ」言われたのも同じであった。どうしてもついて行きたかったが、そう言われては引かざるを得ない。
…何よりも、シグルドのたった一人の子供であるセリスを任されたということは、誰よりも頼りにしていると同義であったから。
「わかりました。セリス様は命に代えてもお守りします。ですが、どうか…迎えにくると約束をしてください!!決して約束は破らないと。そうでなければ、私は行けません。」
必死に訴えるオイフェをなだめ、シグルドは約束を承諾した。
「ああ、必ず迎えに行く。この戦いが終わり、安全になったら。だからそれまでは耐えていてくれ。」
「はい、必ずですよ?約束しましたからね!!」
オイフェは念を押すことを忘れず、何度も何度も繰り返した。
シグルドも、真剣な眼差しで嘘はつかないと何度も言う。
―そう、最期の別れではないのだから、また会える。それまでしばしの別れだ。
双方、そう自分に言い聞かせ、別れた。
子供達は皆逃がしたが、女性は…戦う力のないエーディン・シルヴィアを除いてだが、皆戦いに参加させてくれと言ってきた。
皆、人並み以上には戦うことができる者達だった。これ以上の同行が無理だとシグルドが判断した時点で落ち延びることを条件に、シグルドはこれを許した。つまりは今度命令が出たあとの2度目の直談判は聞き入れない、ということである。
シグルド達は決死の覚悟で彼らにとって最後の戦いに臨んだ。
空には雲一つない、晴れ晴れとした日であった。
(運命の扉・続く)
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後書き
6発目前編。
メインはやはり、主人公のシグルド。
ここは親代の締めくくりとして、彼を中心に〜なんて思ってたりしたのですが、ちょっとズレたかも。
…そこは御愛嬌で、広い心で見てやってください。
あ、キュアン様のくだりは書きません。
悲しすぎますから、私が。←そっちかよ!!
大好きなんです、キュアン様とエスリン様の御夫婦。
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