ラケシスが城を去りまもなくして、シルベールからエルトシャン率いるクロスナイツが出撃した、という報せが届いた。
耳を疑ったシグルド達であった。
しかし、現実とは無慈悲で過酷なもので、駆けつけたシグルド達は攻めて来るクロスナイツを目にしていた。
■4.獅子王(3)■
解雇されたベオウルフは、自由な身になったにも関わらず、心が晴れないでいた。
心に残るのは、気品漂うノディオンの姫。はじめはエルトシャンの妹だったということ、彼女を見ていて面白そうだと思ったことから護衛を引き受けただ。
ただの16歳の我儘な姫だと思っていた。しかし、見ているうちにベオウルフの中で何かが変っていた。一生懸命な彼女を見ていると、手を貸したくなっていた。
そして、最後に見た切なそうな顔が忘れられない――「ちっ!オレもどうかしている・・・・・」
舌打ちをしてそう呟く。気付くと単身で城を出たラケシスを追いかけていた。
ラケシスは1人シルベールへ向けて歩いていた。
どうしても兄に会いたい、その思いだけが彼女を動かしていた。
―――エルト兄様、どうか早まらないで。ラケシスが今行きますから。
馬に乗れないため、徒歩での旅となった。いつもなら、誰かが馬に乗せてくれていた・・・そう思い返し、自分がどれだけ皆に大切にされていたが実感できた。
「そういえば、ベオウルフは私の名前をきちんと呼んでくれたこと無かったわ・・・。やっぱり私が甘ったれの姫だったからかしら・・・」
皆がラケシス様と呼ぶ中で、自分が雇った傭兵は『姫さん』若しくは『アンタ』と呼んでいた。。失礼なことを遠慮なくズケズケと言われた。けれど、自分の無謀な要求に応え、きちんと自分を守ってくれた人だった。
自分はどれだけ甘えていたのだろう。助けを求めれば、何時だって誰かが手を貸してくれた。
その筆頭が兄であるエルトシャン。
「エルト兄様・・・・・・」
改めて、周りの人の、特に兄の偉大さを思い返していたとき、不意に誰かに呼ばれたような気がした。しかし、振り返っても誰もいない。
「・・・誰もいるはずないですわ。」
そう呟いて前を向く。今度は1人でも何とかしてみせる、と気合を入れて歩みを進める。
その瞬
「・・・・・・・・・・シス!!」
声が聞こえた。今度は聞き間違いではない、誰かの声。
「ラケシス!!」
振り返るとさっきより正確に聞き取れた。自分を呼ぶ声。
「・・・・・・どうして?傭兵はお金で動くのでしょう?」
ラケシスは理解できなかった。自分の名を呼び、馬を走らせ追いかけてくるのはベオウルフであった。
「待てよ、ラケシス!」
馬を走らせているベオウルフはあっという間にラケシスに追いついた。
ラケシスは警戒心をあらわにする。
「どうして追ってきたのですか?私が兄上に会うために戦いの中に行くのを止めるため?でも、まだ戦うと決まったわけではありませんわ。兄上ならば!!」
危険だから、という理由で同じ場所に行くことも叶わないのか、とラケシスは思う。
「違う、ラケシス・・・落ち着いて聞け」
ベオウルフの声は低い、尋常ではない、ということがわかる。
「まさか・・・」
「ああ、クロスナイツが出撃した」
・・・・・・・・・・言葉も出なかった。
これで戦いは起こってしまう。ラケシスが最も見たくなかった、兄とその親友達との。
嘘である、と否定したかったが、残念ながらこんなときに嘘をつくベオウルフでは無いことをラケシスは知っていた。
「それで、貴方は私を止めにきたのですね、シグルド様に言われて・・・」
今にも泣き出しそうになるのを我慢して、俯きそう呟く。これでは、また守られてばかりだ…そんな気持ちでいっぱいになった。
しかし、帰ってきた返事は予想を越えたものであった。
「・・・ラケシスは会いたいんだろう?」
顔をあげると、同時にベオウルフの乗っている馬に引き上げられる。
一瞬のことで、ラケシスには何がなんだかわからなかった。「乗り心地は我慢するんだな。アンタの足だったら間に合わない」
そういうと、ベオウルフは馬を走らせる。それきり、会話は交わされなかった。
・・・・ベオウルフ・・・ありがとう・・・。
ラケシスは落されないように必死にベオウルフにしがみ付く。
何故彼が自分を助けてくれるのかは解らなかったが、とても嬉しかった。自分を守りながらクロスナイツに向かっていくということは、彼自身も命がけの行為である。にも関わらず、助けてくれるベオウルフの背中を見ながらラケシスは誓った。
・・・絶対に、エルト兄様を止めてみせます!!
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「エルトシャン、頼む!剣をひいてくれ!私はおまえと戦いたくない!」
「エルト、シグルドは必ず約束を守る。私が保障するから、もう少しだけ待ってやってくれ!」シルベールの東、アグスティの北で双方は向かい合っていた。
シグルドとキュアンは親友と戦うことをなんとか回避しようと必死に呼びかける。しかし、エルトシャンの意思は堅かった。
「・・・シグルド、キュアン。すまない、もう何も言うな。この上はともに騎士として、恥ずかしくない戦いをするだけだ。さあ、行くぞ、シグルド!わが魔剣ミストルティン、きさまにやぶれるか!!」
2人の説得も空しく、エルトシャンがシグルドに切り込んだ時であった。
!!!!!
白いマントを纏った者が2人の間に飛び込んできた。
エルトシャンは振りかざした剣をなんとか逸らす。「「「ラケシス!!!!」」」3人は同時に叫ぶ、
「どうして、君はノディオンへ・・・」
シグルドの発言は供に出てきたベオウルフによって止められた。すぐにラケシスはエルトシャンに向き直る。
「兄上!もう無意味な戦いはおやめ下さい。シグルド様を裏切るのですか!?友を裏切るのが、騎士の誇りなのですか?」
ラケシスは必死に訴える、兄にこれ以上不本意な戦いをして欲しくない、その一心でラケシスは戦場に飛び込んできた。
「兄上!シグルド様を信じて。あと少しの間だけでも、戦いを思いとどまってください、どうかお願いです。クロスナイツを率いる兄上の言葉なら、陛下も・・・」
ラケシスは大粒の涙を流しながら訴える。大好きな人達に戦って欲しくない、その思いはストレートにエルトシャンに伝わってくる。エルトシャンとて、不本意な戦いであったため、大切な妹の必死の思いに心を動かされた。
「ラケシス・・・・、そんなに泣かないでくれ。・・・・・・わかった、もう一度、陛下を説得してみよう。同じ命をかけるなら、不本意な戦にではなく友の為に戦うのが騎士の生き方だろう」
もう一度、もう一度だけ、可能性にかけてみよう、とエルトシャンは言う。しかし、それが叶わなかったとき・・・自分の命はないであろうと彼は思う。
妹を1人で残して逝くのは抵抗があった。しかし、妹は彼のよく知る腕のいい傭兵とともに現れた。
・・・ベオウルフが護衛か・・・ラケシス、泣き虫だったおまえが危険を恐れずにここまで来るなど・・・成長したのだな。
「ラケシス・・・この剣をおまえにやろう。俺に万が一のことがあれば、形見と思え。・・・ベオウルフ、ラケシスを頼む。」
諾、という意味を込めて頷く旧友を見て、エルトシャンは彼の愛馬に跨る。
「ラケシス、死ぬなよ!」
そう言って、エルトシャンは馬を走らせる。
獅子のように気高く、鮮やかな彼の姿を見たのはこれが最期であった。
「・・・兄上?・・・」
兄がラケシスに最期に見せた笑顔はとても優しいものであった。
どうして・・・と思うと同時に、ラケシスは兄の行動の意味を理解した。
「ああっ、待って!エルト兄様!!行かないで!!」
その瞬間にラケシスは泣き崩れる。
エルトシャンは死を覚悟し、戻ったのであった。それを悟ったラケシスは、声にならない嗚咽が止まらなくて、立つことも出来なかった。
もう一度お会いしたかった。あの笑顔で名前を呼んで欲しかった。もっと、もっとお話したいことがたくさんあったのに・・・。もう一度、エルト兄様と呼びたかったのに!!
泣きじゃくるラケシスはすぐにベオウルフによって安全なアグスティ城に連れ戻されたが、彼女の涙はいつまでも枯れなかった。彼女の部屋からは悲痛な鳴き声、悲鳴が止まることはなかった。
しかし、エルトシャンが引いたにも関わらず、クロスナイツは戦いを止めたりはしなかったそのほとんどは戦死し、壊滅状態となった。
そして――
シグルド達がシルベール城についたときには既にエルトシャンの姿は何処にもなかった。
アグストリアとの戦いは、最悪の結果で終ったのである。
(獅子王・終わり)
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後書き
四発目3章。
終りました。エルトシャン。
あは、メインはエルト兄さんとラケシス・・・
ではなく、
ベオウルフとラケシス?
いや、でもね、ここではまだ恋人にはなってませんよ。
うん。だって、落ち込んでいるラケシスにつけ込むなんていうのは
私的に嫌ですから。
この後にも、ちょこっとしたストーリーが頭の中にあります。
書くかどうかは、今後の展開によりけり。
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