■36.別れ■
「キュアン・・・・・・・・・」
アグストリア城の一室で、エスリンはキュアンの名を呼ぶ。
いつもなら、「どうした?」と後ろから抱きしめてくれる夫が、今は留守だ。
兄と共に亡き親友エルトシャンの墓参りにいったまま、まだ帰ってこない。
夫が仕事で留守、自分は部屋で待っている。
2,3日もすれば、元気に帰ってくる。
ただそれだけの事なのに、今のエスリンにはとても辛かった。
窓から月がかすかに照らす明かりのもとで、白い布に包まれたものに目をやる。
レンスターの家宝、地槍ゲイボルグ
「お義父様、これは・・・・・・・・・・」
「地槍ゲイボルグじゃ」
「何故私に?」
「・・・・・・・・・・これにまつわる言い伝えを知っておるか?」
「言い伝え、ですか?」
「ゲイボルグを手にしたものは愛する者と永遠に引き裂かれてしまう、というものだ」
「・・・・別れ・・・・ですか」
「左様。私は、この槍をそなたに託す。伝説が真実になるかどうかはわからない。だからそなたが覚悟ができた時に、キュアンに渡してやってくれ」
「お義父さま・・・・・」
「取り越し苦労だとうは思うが、な」
「ゲイボルグ・・・・・・」
布を解いて、輝くそれを手に取った。
悲しい伝説の残る槍は、どこまでも美しく輝いている。
「私、アナタをキュアンに渡すのが怖い」
―いつまでも、渡さないという訳にはいかないのに。
誰もいない部屋で、エスリンの声だけが響く。
目にはいつしか涙が溜まっていた。
「お兄様やラケシスを見ていると、たまらなく不安になるの。
キュアンと離れ離れになるなんて、耐えられない…」
これからの戦いは過酷なものになるだろう、ゲイボルグがあるのと無いのでは大きく戦況が変わるはずである。
"力が欲しい”とキュアンは言っていた。
「いつまでも隠しておくことはできないのに・・・・」
エスリンはじっとゲイボルグを見つめていたが、やがて布を巻き直してそっと元の場所へ立てかける。
思うのは、夫のこと。
兄の妻、ディアドラの突然の失踪。
ノディオン王エルトシャンの死。
2つの別れがかさなっった。
エスリンの最愛の人、キュアンを失うことはなかったが、兄とエルトシャンの妹のラケシスの悲しみを見て、別れがとても怖かった。一時、離れている事さえも。
戦いに参加する事は、これまでにもあったし、これからもあるだろう。
でも、自分の側には常にキュアンが居てくれて、離れるなどということはなかった。
別れという言葉を、ここまで意識した事はなかった。
―今回、事を目の当たりにするまでは
無事で帰ってくるとわかっていても、離れているのが怖くなった。
今までは、なんともなかったのに。
目を閉じると浮かぶのは夫の優しい笑顔。
「キュアン、早く帰ってきて・・・・」
窓から月を眺めながら、エスリンはそう呟いた。
(別れ・終わり)
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後書き
サイドストーリー。36
別れ、と言われてピンと思うのは、エルトの死別と、シグリン・ディアドラ
で、ゲイボルグの伝説。
エスリンの一人称で書いてみました。
キュアンとエスリンは離しちゃ駄目ですよねー。
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