23.ユングヴィ



夜遅く、エーディンは姉であるブリギットの部屋を訪れようとザクソン城の廊下を一人歩いていた。
シレジアの最南に位地しているザクソン城であったが、やはりシレジアである。夜は冷える。

重い表情でブリギットの部屋へと向かう。
空気の澄み切ったなかで、その足音だけが響いていた。


もともと身体のが丈夫とは言えないエーディンであったが、クランベルに入る前に、どうしてもブリギットと話しておきたいこと…いや、話さなければならないことがあった。


そう、それはユングヴィに関すること。
先の戦いでクランベルによる介入があったのは周知の事実であった。

それも、弟・アンドレイ引きいるバイゲリッターによって


―よりにもよって、アンドレイが…。


最後に弟と会ったのはイザークヘ向けて父と弟が発ったときであった。
聖弓イチイバルに認められた証である聖痕があらわれた姉ブリギットがさらわれたことによる皆の絶望は大きかった。双子の妹であったエーディンは病弱であったため、弟のアンドレイに託された皆の期待は大きかった。


しかし、アンドレイには聖痕が現れなかった。僅かな望みをかけてイチイバルに手をかけたが、引くことは出来なかった。



『・・・やはり、ブリギット様でなければだめか。』

『なぜよりによってブリギット様が!!』

『アンドレイ様ではだめだな』

『ユングヴィはもう終わりだ』



それから、アンドレイに対する世間の風辺りは強くなった。

アンドレイを見る皆の目には、中傷・蔑みもしくは哀れみ・同情のどちらかであった。
一番姉がいなくなったことで誰よりも心を痛めたのはアンドレイだったのに。


それからのアンドレイは、徐々に笑わなくなり、何かに取り付かれたようにただひたすらに弓の稽古をする毎日をおくるようにになった。

誰にも心を開かず、冷めた目で物事をみるようになっていった。


エーディンはそんな弟の姿を見ても、何も言えなかった。
自分も、イチイバルの力を…姉を求めた一人だったから。




気付いた時には、エーディンの知る優しかった弟ではなく、権力欲に囚われた今のアンドレイの姿になっていた。





…それほど、私達はイチイバルにこだわり過ぎていたのですね。
…アンドレイ…あれほど繊細だった子なのに。


思い返すと目に涙が溢れる。
どんなに思っても、もうあの頃のアンドレイはいない。
わかっていてもも、願わずにはいられなかった。

もう一度、戻りたい…と。










姉の部屋の前に着くと、溜息を1つしたあと、呼びかける。


「お姉様…」


「エーディン、どうかしたの?」


声をかけると、まだ起きていたブリギットはすぐに扉を開いて妹を迎え入れた。


「身体が冷たくなっているじゃないか、風邪を引くよ」

ブリギットは冷たくなったエーディンの手を引いて、暖炉の前に座らせる。
しかし、エーディンは自分の身体が冷えきっていることを気にすることなく、ただ姉を見つめ、訴えるように口を開いた。


「…先日の…シレジアでの戦いのことで…お姉様にお話が…」


「バイゲリッターのことね」


「…はい」


エーディンの重いつめた顔色を見て、ブリギットには話の内容が容易に想像できた。


「昔から、あのようなアンドレイではなかったのです!」


「エーディン」


「私達が、悪かったのです。イチイバルにこだわりすぎていた」


「・・・・・・・エーディン」


思いつめているエーディンは、ブリギットに会った瞬間に張りつめた糸が切れたように語りだす。ブリギットがさらわれた後のこと、アンドレイについて、そして、自分達の過ちを。


目に涙を浮かべ、まるで懺悔をするように話すエーディンの話をブリギットは黙って聞いていた。




















「ごめんなさい、お姉様。私、取り乱してしまいました。」


ひとしきり話し終えた後、エーディンは落ち着きを取り戻した。
心につかえていたことを聞いてもらうと、すこしほっとした。


「エーディン、あなたが気に病むことではないわ」


「ですが、私がもっとあの子を庇っていればこんなことにはならなかったかもしれないと思うと、いたたまれないのです。」


「あの子の心が弱かった、それだけの事」


「…お姉様」


エーディンを慰める風でもなく、ブリギットは毅然と言い放った。


「いいかい、エーディン。確かにアンドレイには辛いことだったと思う。でも、それを理由に逃げるのではだめだ。」


「…はい」


「でも、アンドレイは逃げて、もう引けないところまで来てしまった。父を殺して。」


「…それは…」


「聖戦士ウルの子孫なら、その名に恥じぬ生き方をしなければいけないけど、アンドレイはそれをしなかった。自分に負けたのさ」


「お姉様」


「私は、次の戦いでアンドレイが出てくるなら、撃つよ。」


エーディンは言葉を返せなかった。
弟と敵同士なりたくない、という思いが彼女の頭のどこかにあり、それが姉の言葉に了解の返事をさせるまいとはたらいていたのかもしれない。


「…」


「私は、同じウルの血を引く継承者として、名を汚した弟を許せない」


無言のエーディンに向かってブリギッドは堅い意志を伝える。


「決意をかためられたのですね。」


頑固な姉のこと、エーディンは意志が変わる事がないことを悟った。


「ああ、もしバイゲリッターと戦うことになるなら、アンドレイの相手は私にさせてくれとシグルド公子にも頼んだ」


「…お姉様」


「そんな顔をしないで、エーディン。どうせ戦うなら、他の誰でもない、私があの子と対峙したい。それを父上も望んでいると思う」


「はい」

















それからエーディンはブリギットの部屋をあとにした。


「お姉様も、辛い決断をなさったのですね。」


部屋に戻った後、窓から空を見上げ、そう呟く。


…なら、私にできることは、祈ることでしょうか。


…アンドレイ…かわいそうな人。

































数日後、エーディンの僅かな期待は裏切られ、先頭を切って攻撃を仕掛けてきたのはバイゲリッターであった。


エーディンは対峙する姉と弟の姿を見届けるべく、思い足取りで戦いの中へ赴いた。















(ユングヴィ・終わり)





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後書き

サイドストーリー。番号としては23
でも書いた順番は、10つ目

またしても今回はエーディンとブリギット。
サブタイトルは2人の決断です。

ブリギットはこのあとアンドレイと対峙し、見事討ち取ります。アンドレイはアンドレイで必死だったのだ、と彼の遺体を抱きとめ、涙する。というシーンが書けたらいいなぁ、と思いつつ、ここでストップ。

…ごめんなさい、私にもっと文章力があれば…

エーディンはアンドレイを恨む事が出来ないのだと思います。
やはり、ずっと一緒にいた弟ですから。だから、中立…ちょっとブリギット寄りという立場ということで。


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