■秘密の特訓■
アーサーは不機嫌であった。
ふだん穏やかな彼が不機嫌になる理由はただ一つ、彼の命よりも大切な妹のティニーに関することである。
彼が何としても守り抜く、と誓った妹に最近『親しくしている男』がいるという噂があり、アーサーの耳にも入ってきたのだ。
…それだけならばいい、排除すればいいだけのことだから。問題は、どうもティニーが好意をもっているらしい、ということであった。
彼とて鬼ではないわけで、ティニーがどうしてもというならば、反対しないこともない。しかし、今回ばかりは別である。相手がレンスターの王子である限り。
アーサーはシレジアの王子ではあるが、母はフリージの血族である、つまりはレンスターにおける2つの敵の内の1つなのである。
そのことで出会ったときも揉め事が起こった。レンスターからすれば許すことは出来ないのかもしれない。しかしシレジアで生まれ育ったアーサーにとっては全くの言いがかりであったので、正直にいってレンスター関係者は好きではなかった。
しかも当のリーフ王子は一度ティニーに対してひどい態度を取り、泣かせている。アーサーにとっては許すことが出来ない悪者なのである。
その王子と、妹が親しい…これはどうしたことなのだろう。
アーサーは事の真相を知るために、ここ数日間、ティニーに隠れて彼女を尾行していたのだが…。その結果解ったとことは、ティニーはリーフにかなり懐いている様子であった、ということであった。人見知りをする彼女が、である。
100歩譲って、リーフが信用できる人物であったとし、仮にこのまま2人が良い仲になってしまうことがあったとしても、フリージ出身の彼女がレンスターにおいて歓迎されるとはとても考えられない。
そう、必ずや阻止しようとする動きがおこり結果としてティニーが苦しむことは容易に想像できる。
アーサーとしては引き離したいところであるが、何といっても妹命の馬鹿兄貴である。嬉しそうに笑うティニーを見て、「リーフ王子と会うのをやめろ」とはとても言えない。しかもティニーはレンスターとフリージの仲を良くしたいというのだ。
となれば取る行動は唯一つ。リーフ王子の方に働きかけ、ティニーと親しくするのをやめさせることである。数日見たところ、彼はよく訓練所に行く様子であった。そう思い、訓練所へ向かおうとした時に後ろから声をかけられた。
「アーサー、探していたんだ。」
振り返ると、そこに居たのは今アーサーの頭を悩ませているリーフであった。
「何か用ですか?レンスターの王子様」
アーサーは少しばかりイヤミを込めて応えた。
「リーフでいいよ。君だってシレジアの王子だろ?」
イヤミが通じたのか、通じていないのか、リーフはあっさりと返してきた。
コイツ、オレに対するイヤミかよ…そう思いながらも、何か用か尋ねると、魔法を教えて欲しいということであった。
「魔法を学びたくてね。書物上では勉強したんだけれど、上手くいかなくて。セリス様に尋ねると、魔法ならアーサーが一番だと聞いたものだから」
「ふーん」
真剣な目で頼み事をしてくるリーフを見ても、アーサーは引き受ける気は無かった。
「君に対しては、かなり非礼なことをしたと思っている。すまなかった。何でもする、どんな努力も惜しまない、だから教えてくれないか?」
頭を下げるリーフを見て、アーサーは少し考えた。
「いいよ。…ただし、1週間でエルウィンドを放てられるようになったらね」
アーサーは出来るはずも無い条件を出した。エルウィンドは風の中級魔法で、初心者には難しいものである。つまりは、教える気は無いという意味を込めた言葉であった。当然諦めると思っていたが、返ってきた言葉はアーサーの想像とは違っていた。
「ありがとう、がんばるよ」
そう言って微笑んだリーフが握手をしようと差し出した手には、たくさんのマメができていた。
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翌日から、リーフは訓練所にこもっている様子であった。アーサーはそのうち諦めるだろうと思い、訓練所には見に行かなかった。どうせ王子様の気まぐれで、3日もすれば飽きると思っていた。
…風の精霊は気難しいんだ。そんなにがんばったところで出来るわけは無い
4日目
「お兄様!リーフ様に何を言ったのですか?」
ティニーがア―サーに抗議をしてきた。アーサーがリーフにとんでもない条件を出して魔法を教えるのを拒んでいるという噂を耳にしたためであった。
「たいした事は言ってないよ、ティニー。リーフ王子は魔法を習いたいと言ったものだからね。ちょっと条件を出しただけさ」
アーサーはティニーをなだめ、落ち着いて言った。そう、自分は悪くない。言葉の裏に潜んだ意味を理解できないリーフが悪いのだ、と思いながら。
「ですが、それなら何故にリーフ様はあんなに傷だらけになるほど練習を…」
「ティニー」
抗議を続けようとしたティニーの言葉を、アーサーがやんわりと止めた。
「それ以上は何もないよ。君は何も心配する事ないから」
アーサーはにこにこしていたが、目にはこれ以上は質問を許さない、という断固とした意思が表れていた。
翌日、5日目にしてやっとアーサーはリーフの様子を見に行った。フィンの心配を振りきり、リーフは練習を続けている。いたるところに傷を作りながらも、リーフは立ち上がり、的を狙う。そこにははじめの頃に見たあの冷たそうな印象のリーフではなく、必死になって取り組むリーフの真剣な姿があった。
あんな条件を本気にするなんて―
そう思いながらもアーサーは影からその日のリーフの練習をずっと見ていた。
6日目
やはり気になったアーサーはリーフの様子を見に来ていた。
リーフはようやくウィンドが形になってきたか、という状況であった。流石に今日中ではムリだろうと諦めるかな、と思ったが、リーフには諦める様子が見られない。
着物は風の刃が暴走し、ぼろぼろになっていた。体にはあちこちに傷が見え、痛々しかった。
………っ!!!!!
アーサーは言葉にできない、もどかしい気持ちでいっぱいであった。
嫌いであったリーフの情けない姿を見ても気が晴れるどころか、むしろ気分が悪い。自分のセリフに罪悪感を感じていた。
夕餉の後、再びリーフは1人で訓練所にいた。
「…どうして出来ないんだ…」
そうぽつりとこぼすリーフのすぐ傍を風が通り抜け、練習用の的に正確に当たった。驚いて振り返るとそこにはアーサーが立っていた。
「アーサー…すまない、君がせっかくチャンスをくれたのに…」
申し訳なさそうに言うリーフに対して、アーサーは挑戦的な目を向けた。
「あきらめるかい?」
「……いや、まだ1週間は経っていない!!」
「聞いてもいいか?」
「ああ」
「どうしてオレに?他にも魔道士はいるのに。どうしてそんなに真剣になれるんだ?」
「アーサーが凄腕の魔道士だから、どうしても教えてほしいんだ。祖国と…大切な人を守るために、私はマスターナイトになりたい。そのためにはより強い人に学んだ方がいいから」
マスターナイト―それは全ての武器・魔法・杖を使いこなすと言われる騎士。なるのは容易な事ではない。選ばれた者のみが得られる称号である。
そうえいば手がマメだらけだったのはその特訓のためだったのか、とアーサーは思った。
大切なものを守るための力が欲しい。アーサーもかつて力を欲しいと願った。そんな自分がリーフと重なって見えた。
「ふーん。…おれさ、アンタ嫌いだったから、あの条件はちょっとした冗談のつもりで言っただけだったんだけど、本気にするとは思わなくてさ。」
少し間を空けてアーサーは言葉を続ける。
「フリージの事、アンタ達は嫌っているだろう?」
「……私は……無くなるように働きかけるつもりだ…」
リーフは目を伏せる。確かに、フリージ・トラキアを倒した今でも両国に対するわだかまりはまだある。それが容易なことでないことは明らかである。
「オレはティニーが大事だ。フリージは嫌いだけど、ティニーを敵視する連中も嫌い。だからアンタ達も嫌いだった。」
「アーサー…」
「でもティニーは違うんだ。オレのした事がひどいって言われたよ」
「…ティニーに免じて、リーフに真剣に教えてやるよ。最初の約束通り、今日中にエルウィンドができれば」
そこでアーサーは言葉を切った。そしてニヤリ、と笑って付けたした。
「でも―今日はオレも目が冴えて眠れないから…ま、アドバイスぐらいはしないでもないかな」
立ち上がってそういうアーサーをみて苦笑しながら、きっとアーサーは文句を言いながらも付き合ってくれるのだろうと思うリーフであった。
「ただし、譲歩する代わりに絶対にマスターナイトになる事!」
挑戦的な目で、手を差し出すアーサーに対し、リーフは言い返す。
「勿論、絶対になってみせるよ」
オレは厳しいけど、前言撤回するなよ、と笑いながら握手を交わすアーサーとリーフ。
…結局オレはどうなって欲しかったのだろうか…
アーサーは思う、いつかリーフが双方のわだかまりを無くすことが出来れば、ティニーを任せてもいいかもしれない、と。
そしてそう思えるまではとことん邪魔をしてやろう。考えて見ると遠くから邪魔をするよりも、近くで妨害する方が効率はいいのではないか。
「あ、忠告しておくけど、ティニーに手ェ出すなよ?」
とそこは、きちんと釘をさすことを忘れないアーサーである。
このくらいの意地悪は許されるだろう、とリーフに聴こえないように呟くアーサーには、穏やかな笑顔が戻っていた。
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懺悔という名の後書き
222HITを踏まれた火月さまへの奉げ物でございます。
リクエストは「アーサーとリーフが仲良くなる話」でした。
・・・仲良くなった…でしょうか?(笑)
ほんとはもっとギャグっぽく行こうかな、とも思ったのですが、フリージのことも、微妙に絡めて、ということで、ちょっぴりシリアス気味に。
ちなみに、この設定で、アーサーはシレジア王子です。だから、リーフとは溜め口にしてみました。
火月様、イメージが崩れてしまったらごめんなさい!!
返品可です(笑)
これに懲りずにまたいらしてくださると嬉しいです。
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